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鉄人28号をリモコンで操る正太郎君の凛々しい少年ぶりに萌える女性たちの
心情を、「正太郎コンプレックス」いわゆるショタコンと呼んだ。
同じ横山光輝作「伊賀の影丸」の主役、影丸も美少年ぶりでは正太郎君に負けていない。
私が知る限りでも、影丸9部作のなかで、第1部と2部において、影丸が美少女に変装している
シーンがある。
上記は「伊賀の影丸」(講談社版)第2巻由井正雪よりーー
美少女に変身した影丸が、味方忍者を発見したシーン。
あえて少女に変装しなくてもいいのだが(笑)、60年代の横山光輝の画風は中性的、倒錯的で、
影丸に女装させる勢いがあったのだ。
まさに影丸コンプレックス、カゲコン!
各出版社から出ている「伊賀の影丸」愛蔵本は、みな表紙が影丸の凛々しい姿ばかり
だが、女装した影丸を表紙に載せてこそ、ショタコンの女性読者層をあらたに影丸の愛読者として
開拓できるだろう。
このころの横山光輝の画風は、艶めいた退廃美がある。

「伊賀の影丸」は、小学館、秋田書店、講談社とそれぞれ復刊されているが、
どれも一長一短だなあ・・・・。連載時に、読者を熱中させたのは、影丸側忍者と敵忍者の対戦表と、倒された忍者に無慈悲に×印がつく過程だった。読者は、いつお気に入りの忍者が倒されてしまうのか、ハラハラしながら次週を待った(引きの強さ!)。各社から復刊された影丸シリーズには、残念ながら×印のついた対戦表が一切カットされている。もったいない!
おそらく、編集担当に、リアルタイムで当時の熱気を知る編集者がいないからだろう。写真は、1964年2月9日号少年サンデー「第4部七つの影法師」の表紙裏ページ。これ、再録しないと。

都心から40分もかからないうちに、車窓から狭山市の田園が広がる。
コラム、アップしました。

伊賀の影丸における「二つ伊賀」問題について。
少年漫画の最高傑作とされる横山光輝作「伊賀の影丸」。私も小学1年生の秋から夢中になり、いまもその熱は冷めない。
ところで、伊賀の影丸の最高傑作とされる「第4部七つの影法師の巻」が、まんが王連載「二つ伊賀」(小沢さとる作)の展開に似ているという噂が一部にくすぶっていた。このたびやっと「二つ伊賀」が手に入ったので、比較してみた。「七つの影法師の巻」は、七人に忍者たちが公儀隠密に挑戦し、半蔵の命を受けた影丸たち七人の忍者たちが受けて立つという、後の少年漫画に大きな影響を与えたトーナメント方式のストーリーだ。問題になっていたのは、「二つ伊賀」がすでに伊賀対甲賀、7対7の対決方式をとっていて、「七つの影法師の巻」はその形式を模倣しているのでは、という点であった。
結論から言えば、「七つの影法師の巻」と「二つ伊賀」の構成はまったく別物である。「七つ...の影法師の巻」は、7人対7人の対決だが、冒頭から選ばれた忍者たちが倒し倒されているのに対し、「二つ伊賀」は、伊賀側が受けてたち、生死を賭けたトーナメント戦が本格化するのは物語の中盤からである。緊張感という点では、「七つの影法師の巻」が圧倒している。たしかに、7対7の対決という決戦形式は多少のヒントにはなったかもしれない。一部に似たシーンがある。「二つ伊賀」における、味方忍者に変装した敵忍者を、いきなり味方側が切り倒すシーンと、「七つの影法師の巻」で、天鬼が幻也斎に扮した野火を切り倒すシーン。しかし、このシーンが先に描かれたのは「七つの影法師」(1964年1月掲載)のほうであり、「二つ伊賀」(1964年4月掲載)のほうが遅い。「二つ伊賀」の主人公、伊賀忍者小兵太は影丸にとてもよく似ている。「伊賀の影丸」が少年サンデーに連載が開始されたのは1961年4月。「二つ伊賀」は1963年8月。どちらが影響を受けたのかは明かだろう。
小沢さとるは、「サブマリン707」をはじめ、潜水艦漫画の傑作をものにしてきた大家であり、「二つ伊賀」はテンポのいい忍者漫画に仕上がっている。
「伊賀の影丸」も、山田風太郎の忍者小説に影響を受けているとされるが、「伊賀の影丸」がさらに風太郎的面白さをパワーアップさせた傑作であることは疑う余地がない。

世田谷公園のケヤキが春の訪れを待ちわびていた。
今年も散歩してます。
歩いてます。