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雑司ヶ谷霊園もすっかり秋色に染め上げられている。
大きな碑は夏目漱石永眠の地。
12月4日、新刊発売予定。今回はめずらしく共著です。

熟女系女優として人気の頂点に立つ艶堂しほりさん。
女王様キャラであるが、どこか可愛い。
少女がそのまま大人になったような・・・・。
工藤公康が西武に戻ってきた!
いまから27年前、入団当時の工藤投手は、坊やと呼ばれ、
はじめての日本シリーズ、中日戦に出たときなどは、ひやひやものであった。
もっとも当時から、スポーツ紙記者が、「2階から落ちてくるようなカーブだ」と評していた。
あれから坊やと呼ばれた投手は球界最年長選手となった。
時は過ぎゆく。
渡辺監督も、黄金時代の仲間が加わって心強いだろう。
菊池も入ることだし。
西武は10年ごとに、清原・松坂・菊池と超大物を引き当てる。
工藤のカムバックといい、渡辺監督は髪運は無くとも、選手運には恵まれているぞ。

「恐縮です!」
と言いつつ、まったく恐縮しないで、芸能人スキャンダルを突っ込む
梨元勝氏こそ、どんな修羅場でも恐縮ですで乗り切る、まさしく恐縮力(©山田隆道)の主である。
「僕はスキャンダル5年時効説なんです。5年たてば、どんなに僕とトラブルになった芸能人でも
水に流してくれるんじゃないか。だから羽賀研二とはあと2年なんです(笑)」

散歩日和。
最近早朝の散策は、神田川をのぼっていくコースか、山手通り沿いが気に入っている。
写真は、山手通り中落合付近。
60年代、赤塚不二夫作「おそ松くん」によく登場する、6つ子が高台から夕日を見るシーンの
モデルとなったのはおそらくこの地点だろう。
すぐそばに赤塚不二夫のプロダクションがある。
12月刊行予定の単行本もやっとめどがついた。

飯倉キャンティに集った美しい女性たちのひとりが作詞家の安井かずみだった。
ズズと仲間内から呼ばれ、加賀まり子の親友であり、60〜70年代、六本木・麻布文化の
中心的人物だった。
サディステック・ミカ・バンドのボーカル、ミカと離婚した加藤和彦が再婚した相手が
安井かずみであり、1976年制作の「それから先のことは」は、安井かずみ作詞、
加藤和彦作曲、哀切感あふれる味わいがあり、私にとっては、加藤和彦作品のなかでも最も好きな
曲だ。
「帰ってきたヨッパライ」は、ビートルズに影響を受けた曲で、テープの早回しは、
サージェント・ペパーズ、トゥモローネバー・ノウズにヒントを得たのだろうし、
最後に北山修が、葬式の最中ヨッパライが天国から戻ってくるところで
読経を唱えるが、このときの経文が、ハード・デイズ・ナイトの冒頭部分だった。
サディスティック・ミカ・バンドも、ジョンの、プラスティック・オノ・バンドをリスペクトしたものだった。
ミカ・バンドはライブのときに共演したバンドが、キャロルであり、
矢沢永吉がソロになったとき、ミカ・バンドの高中正義、高橋ユキヒロ、後藤次利がバックを務めた
時期があったのも、対バン仲間という意識があったからだろう。
生活を味わう達人だった加藤和彦氏が、鬱になってまったく楽しめなくなったのは、辛かったことだろ
う。
それから先のことは、とのんびり生きていく覚悟さえあったら。
合掌。
右より、川添象郎、細野春臣、私、高橋ユキヒロの皆さん。
飯倉キャンティにて。